とっておきのこの人は、八王子市職、臨職組合、公共労、退職者会の皆さんにご参加いただいているシリーズです。
私たちの組織は、各団体を合わせると4000人を超える大きな集まりとなります。組織が大きくなると、一人一人の組合員や会員の声が小さくなりがちです。そこでお互いに理解し合い、分かち合う気持ちを大事にするため、敢えて毎回お一人づつご紹介をさせていただいております。趣味や生きがい、仕事のこと、地域活動などいろいろ語っていただいております。

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 本庁売店の自費出版コーナー、ふだん記運動を中心に自費出版された冊子約500冊が並ぶ。今回紹介する山田さんが寄贈したものだ。山田さんは1918年(大正7年)生まれの84歳。国民年金課長を最後に、退職して23年経つ。1961・62年度は職員組合の執行委員長も務めた。藤岡委員長の8代前の委員長になる。
「家においといても仕方がない」と寄贈した「ふだん記本500冊」は貴重な地域文化だ。終戦間もない1945年11月、「17歳年上の橋本先生との出会いで今の自分がある」とふだん記活動に関わることになった半世紀以上前の出来事を克明に記憶している。話はこうだ。「恩師の元八小学校(当時は尋常小学校)平井校長宅で、平井校長を師と仰ぐ橋本義夫氏と山田さんが出会う。二人は意気投合し、日本の平和や文化、未来について語り合う。山田さんは橋本氏から新・旧約聖書を譲り受け、1951年市役所に就職し、組合に聖書研究会をつくる。以来、洗礼こそ受けていないが聖書を精神的な支柱に、橋本氏の影響を受け現在に至る」…橋本氏は八王子から全国に発信した「ふだん記運動」の創設者である。この運動は、平井校長が戦前私財を投じて集めた図書=平井文庫を橋本氏が揺籃社として継承し、本を読み文章を書くことの素晴らしさを地域社会に根付かそうとするところから始まる。
 平井文庫は八王子大空襲で焼失するが、諏訪宿の跡地には今も図書塚がある。そして揺籃社は橋本氏から現在の清水工房に引きつがれている。山田さんは当事者の一人として、この文化史の中を生きてきた。

 ▲本庁売店ふだん記コーナー前で
 (山田さん、清水工房・清水英雄さん)

 

 「裁判所の調停委員は人への愛情がなければ務まらない。」…和解できない離婚話で親権を争う両親に、聖書の教えを説く。「親権争いは大人の都合。子供の幸せが第一。子供の気持ちを基本に家事調停を進めた」と当時を振り返る。扱った件数は10年で440件。退任した現在も月20通程度の手紙を書いている。鮮明な記憶とわかりやすい話は、今も続く文筆活動によるものか。
 「何の為に働くのか、それは子供を育てる為。今の社会は子育てを怠っている」と世相を斬る。退職した年が国際児童年で、退職金から100万を寄付した。初任給が10万にも達しない時代である。「生活は質素に、人を愛す心は豊かに」山田さんの社会を透視する物差しはやはり聖書にあるようだ。

(「ざ・はぴねす」54号/2002.9月号)
 

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